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東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)879号 決定

主文

保釈保証金全部を没取する。

理由

一、一件記録によると、甲野一郎は、前記被告事件について、昭和四七年三月二七日東京高等裁判所において懲役一年二月の判決言渡を受けたが、同年四月七日付同裁判所第五刑事部の保釈許可決定に基き、同人の弁護人細野良久が同月八日保証金七〇万円(納付現金額二〇万円・原審納付流用金額五〇万円)を納付し、釈放されたこと。その後同年五月一三日右判決は確定したが、右甲野は、正当な理由がなく刑執行のための呼出に応ぜず、所在をくらまし、刑の執行を免れていたが、昭和四八年八月一七日収監されたことが認められる。

二、そこで、右の如く、実刑判決後保釈を許された者が刑執行のため既に収監されている場合に、なお刑訴法九六条三項に基いて保釈保証金を没取し得るか否かについて考察するに、右の場合、保釈保証金は刑の執行を担保する性質のものであるとして、収監後は保釈保証金の没取決定をすることは許されないとの裁判例(大阪高裁昭和三八年二月二日決定)が存するが、刑訴法九六条三項に規定されている没取の本質が、同条項所定の不出頭、逃亡に対する制裁であることは否定できないところであり(没取が不出頭、逃亡に対する制裁であればこそ、そのことが一般に保釈を許された者に対して正当な理由がなく刑執行のための呼出に応じなかったり、逃亡したりすることのないよう心理的な強制を加え、それによって保釈保証金が刑の執行担保としての機能を有効に果し得るのである。)、従って、同条項に規定された不出頭、逃亡の事実があれば、保釈保証金の没取をする前に保釈された者が収監されたとしても、そのことによって保釈保証金の没取が許されなくなる訳のものではない(有斐閣発行横井大三著「捜査 刑事裁判例ノート(1)」一八二頁、日本評論社発行熊谷弘他編捜査法大系Ⅱ二六二頁参照)。

三、而して、前記甲野一郎は、前記のとおり、正当な理由がなく刑執行のための呼出に応ぜず、長期間に亘ってその所在をくらまし、刑の執行を免れていたものであり、前記保釈保証金の一部について没取しないことを相当とする特段の事情があるとは認められない。

四、以上の次第であるので、刑訴法九六条三項に則って、主文のとおり決定する。

(裁判官 阿蘇成人)

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